日本の街や都市には城壁がない理由について

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ヨーロッパのローテンブルク、中東のエルサレム、中国の長安(西安)など、海外の歴史的な都市は、街全体をぐるりと石やレンガの壁で囲む「城郭都市(城壁都市)」が一般的です。外敵からの住民虐殺や略奪を防ぐため、高い壁で防衛せざるを得なかったからです。

しかし、日本の都市を見ると、お城そのものには立派な石垣や堀、土塀(城壁)があっても、庶民が暮らす街(城下町)全体を囲うような高い城壁は基本的に存在しません。

なぜ日本の街には城壁がないのか?

敵兵による農民や住民の虐殺がなかったのはなぜなのか?

そこには、単なる地形や建築資材の理由だけではなく、日本古来の統治思想である「シラス」と、大陸的な支配思想である「ウシハク」の決定的な違いがありました。そしてこの違いこそが、現代の私たちが「西洋の概念をそのまま日本に当てはめる愚かさ」に気づくための重要な鍵なのです。

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1. 象徴的な「皇居(京都御所)」の圧倒的な無防備さ

日本の「街に城壁がない」という特徴を最も端的に表しているのが、歴代の天皇が暮らした京都御所(現在の皇居のルーツ)です。

海外の王宮といえば、何重もの巨大な石壁と兵士によって厳重に守られているのが普通ですが、京都御所を囲んでいるのは、驚くほど低い「築地塀(つきじべい)」のみです。

  • 物理的な防御力はほぼゼロ: 築地塀は土を突き固めて屋根を乗せただけの壁であり、ハシゴを使えば簡単に乗り越えられます。大砲や鉄砲はもちろん、大勢の兵が押し寄せればひとたまりもありません。

  • なぜこれで守れたのか: 千年以上もの間、日本の最高権力者である天皇の住まいが、このような簡易な壁だけで守られてきた(そして、実際に焼き討ちや略奪による根絶やしに遭わなかった)という事実こそが、日本の歴史の特異性を物語っています。

なぜ、日本では命を狙われるはずの統治者の周囲にも、庶民の街にも、大陸のような絶壁が必要なかったのでしょうか。

2. 領民は「略奪の対象」ではなく「生かすべき富」だった

大陸や西洋の戦争は、民族の存亡をかけた「面」での蹂躙・略奪が基本でした。王朝が変われば、前の住民は「敵の財産」であり、虐殺や奴隷化の対象となるのが日常茶飯事だったため、住民を守る城壁が不可欠でした。

しかし、日本国内における合戦の目的は、土地や住民を消滅させることではありません。大名たちが命がけで戦ったのは、「そこにある豊かな田畑と、それを耕して年貢を納めてくれる領民(労働力)を生きたまま自分の支配下に置くこと」でした。

  • 重要な収入源: 当時の経済の基盤は「米」です。土地を手に入れても、農民を虐殺してしまえば翌年からの収入はゼロになります。

  • 「青田刈り」という嫌がらせ: 確かに、戦国時代には敵の兵糧を絶つため、収穫前の稲を刈り取る「青田刈り」のような嫌がらせ戦術はありました。しかし、それはあくまで「敵の軍隊を困らせるための戦術」であり、住民そのものを根絶やしにする虐殺とは本質的に異なります。

領民を虐殺することは、大名自らがみずからの首を絞め、経済的に自滅することを意味していたのです。

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3. 古事記が示す二つの統治概念:「シラス」と「ウシハク」

この「領民や権力者を守るための城壁が必要なかった」という根本的な背景には、日本の神話の時代(古事記)から続く、二つの統治概念の対比があります。

統治概念 意味 支配の性質
ウシハク(大王・主人の支配) 権力者が土地や民を「自分の私有物」として力で従える。 大陸・西洋型(私有・絶対的支配)
シラス(知らす・治らす) 天皇が民の心を「知る」ことで、一つの大きな家族のように治める。 日本型(共有・大御宝の思想)

大陸の「ウシハク(宇志吐く)」

「ウシ」は主人、「ハク」は身につける(私有する)という意味。つまり、統治者が土地も人間も「すべて俺の所有物だ」として、力でがんじがらめにする支配を指します。

ウシハクの世界では、勝者が敗者の所有物をどう扱おうが自由。だからこそ、凄惨な住民虐殺が起こり、それを防ぐための強固な城壁が必要でした。

日本の「シラス(知らす)」

一方で、日本の正統な統治は「シラス」と呼ばれます。民は天皇にとっての奴隷ではなく、国の大切な宝である「大御宝(おおみたから)」と位置づけられました。

武士の時代になっても、戦国大名たちは「天皇からその土地の統治を委託された存在」という大前提の中にいました。そのため、預かっている「大御宝」である領民を虐殺するような暴挙を行えば、正統性を完全に失い、社会的破滅を迎えるリスクがあったのです。

京都御所に高い城壁がなかったのも、天皇が「力(ウシハク)で支配する民の敵」ではなく、「民の幸せを祈り、共に生きる(シラス)存在」として、国民全員から敬意を集めていたからに他なりません。

4. 西洋の概念を日本にそのまま当てはめる「間違い」

このように、日本と西洋・大陸とでは、国の成り立ちや統治の前提が根本から異なります。

それにもかかわらず、現代の議論では「西洋でこうだから、日本もそうすべきだ」という、歴史的背景を無視した乱暴なスライドがしばしば見受けられます。その最たる例が、皇位継承(男系継承)をめぐる議論です。

イギリスの「女王・女系」と日本の「万世一系」は本質が違う

例えば、「イギリスにはエリザベス女王がいたし、女系での王位継承も認められている。だから日本も真似をすればいい」という意見があります。しかし、これは西洋の「ウシハク(私有)」の歴史に基づく王室と、日本の「シラス(大御宝)」の歴史に基づく皇室を同列に扱ってしまう致命的な誤解です。

  • 西洋の王室(ウシハクの系譜):

    西洋の王は、力で土地や民を「所有」する存在でした。そのため、戦争や政略結婚によって王朝(ファミリー)が別の血筋に交代することが当たり前でした。イギリス王室も、歴史の中で何度も王朝が交代し、その過程で女系継承が行われてきました。極論、「その時、その土地を支配する最も強い家系」が王になればよかったのです。

  • 日本の皇室(シラスの系譜):

    一方で日本の天皇は、神話の時代から一度も血筋が途切れることなく、初代・神武天皇から126代にわたり、ひたすら「男系(父方をたどると神武天皇にいきつく血筋)」のみで受け継がれてきました。これは世界の歴史において奇跡としか言いようのない、唯一無二の「万世一系(ばんせいいっけい)」の伝統です。

日本の天皇は、力で民を従える「権力者(ウシハク)」ではなく、国の安寧と民の幸せを祈り続ける「権威(シラス)」です。武士の時代にどれほど強力な天下人が現れても、天皇に取って代わろうとしなかったのは、この男系の血筋が生み出す圧倒的な尊さと神聖さに、誰もが敬意を払っていたからです。

もし、西洋の真似をして「女系」を認めてしまえば、それは神話の時代から数千年にわたって日本人が命がけで守ってきた「万世一系」という国柄の根幹、すなわち「日本が日本であるための軸」を自らへし折ってしまうことを意味します。

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結び:世界で一番尊い、私たちの「ふるさと」の伝統

「世界基準」や「グローバル・スタンダード」という言葉は一見格好よく聞こえますが、それを盲信して、自国の歴史や独自の価値観を否定してしまうことほど愚かなことはありません。

城壁を作って敵を拒絶し、力で民を私有してきた西洋・大陸の歴史。

城壁を作らず、民を宝(大御宝)として祈り、一つの家族のように生きてきた日本の歴史。

どちらが優れているかという単純な比較ではなく、「日本には、日本にしかない、世界中のどこを探しても見つからない尊い伝統と歴史がある」という事実を、私たちはもっと知るべきです。

歴史的な統治の違いを正しく理解することは、私たちが自分たちの素晴らしい「ふるさと」に誇りを持ち、その唯一無二の伝統を次の世代へと正しく紡いでいくための、第一歩なのです。

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