「人を殺してはいけない」という常識はどちらが先か?日本と欧米の決定的な違い

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「人を殺してはいけない」「生命を大切にしなければならない」という道徳は、人類にとっていつでも、どこの世界でも当たり前の常識だったわけではありません。

私たちは学校で「欧米の近代思想や人道主義こそが世界を文明化させた」と教わり、日本の徳川綱吉がだした『生類憐みの令』は「犬を人間以上に優遇した天下の悪法」と習ってきました。

しかし、歴史の事実を冷徹に紐解くと、まったく逆の景色が見えてきます。実は日本こそが世界に先駆けて「生命尊重」の常識を国を挙げて普遍化させた先進国であり、欧米が「本当に全人類の命を奪ってはならない」という常識にたどり着いたのは、20世紀も半ばを過ぎてからだったのです。

今回は、日本と欧米の「命の境界線」の歴史を比較しながら、その真実に迫ります。

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1. 日本の「生類憐みの令」:戦国マインドを解体した世界初の生命尊重法

徳川綱吉が17世紀後半に出した「生類憐みの令」は、長年「悪法」の代名詞とされてきましたが、近年の歴史研究ではその評価が180度覆っています。

当時の日本は、まだ戦国時代の「気に入らなければすぐ人を斬る」「赤ん坊の間引き(堕胎・殺害)や、行き倒れの放置が日常茶飯事」という荒々しいマインド(戦国マインド)が残っていました。

綱吉が目指したのは、儒教と仏教の精神に基づき、「武力による支配(武断政治)」から「道徳や学問による支配(文治政治)」への転換です。

  • 行き倒れや捨て子の禁止(福祉政策の先駆け)

  • 妊婦や高齢者の登録制度(命の管理)

  • 動物虐待の禁止(命を慈しむ心の育成)

「犬を優遇した」というのは後世の誇張であり、本質は「もっとも無力な存在(子供、老人、動物)を保護することで、社会全体の命に対するハードルを極限まで上げる」という、世界に類を見ない超先進的な生命尊重政策だったのです。この法のおかげで、江戸の日本人は「むやみに他者を殺してはならない」という倫理観を骨の髄まで定着させることに成功しました。

2. 欧州の「三十年戦争」:女子供を「悪魔」として殺し合った惨劇

日本が江戸初期に「命の大切さ」をシステム化していた頃、ヨーロッパでは何が起きていたでしょうか。それが1618年から1648年まで続いた三十年戦争です。

カトリックとプロテスタントというキリスト教内の宗派対立に端を発したこの戦争は、凄惨を極めました。お互いに「相手は悪魔の手先だ」と信じ込み、戦場だけでなく、占領した街の女や子供、老人までを無差別に虐殺・略奪したのです。

この戦争により、主戦場となったドイツ(神聖ローマ帝国)では、全人口の約3割から4割(地域によっては5割以上)が死亡したとされています。

国家が崩壊するほどの惨劇を経て、1648年に結ばれたのが有名なウェストファリア条約です。 これにより「主権国家」という概念が生まれ、「同じヨーロッパのキリスト教国(仲間内)同士では、大義名分なき虐殺はやめよう」というルールが作られました。しかし、これはあくまで「白人・キリスト教徒のサロン」の中だけのルールであり、この時点では「人類普遍の命の尊重」にはほど遠い状態でした。

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3. ウッドロー・ウィルソンの欺瞞:有色人種を除外した「偽りの人道主義」

ウェストファリア条約から250年が経った20世紀初頭でも、欧米の「人道主義」の本音は二重基準(ダブルスタンダード)のままでした。その象徴が、第28代アメリカ大統領ウッドロー・ウィルソンです。

敬虔なクリスチャンであり、教科書では「国際連盟を提唱した平和の聖者」とされるウィルソンですが、彼の正義は極めて独善的でした。

1919年のパリ講和会議で、日本は世界で初めて「人種差別撤廃提案」を提出しました。これは「全世界の全民族を平等に扱い、命と権利を守ろう」という、本当の意味での普遍的人道主義の提案でした。 採決の結果、圧倒的多数の国が賛成したにもかかわらず、議長だったウィルソンは「重大な問題は全会一致でなければならない」という、その場でデッチ上げた意味不明なマイルールを使って却下したのです。

なぜ却下したのか?

  • アメリカ国内の事情: 当時、アメリカ国内(特に南部)の激しい黒人差別や排日運動を維持するため。

  • 英仏の事情: アジアやアフリカの植民地支配(「未開な有色人種を白人が支配してやっている」という大義名分)を維持するため。

ウィルソンが提唱した「民族自決」も、敵対する帝国を解体するためのご都合主義であり、英米の植民地にはいっさい適用されませんでした。この時に彼らが引いた不自然な国境線と、独善的な正義の押し付けが、現代にいたる中東紛争や民族衝突の最大の禍根となっています。

4. 全人類の命が「平等」になったのはいつか?

エリック・ウィリアムズが名著『資本主義と奴隷制』で暴露したように、欧米が奴隷貿易や奴隷制を廃止した本当の理由は、人道主義に目覚めたからではなく、「産業革命を経て、奴隷を飼うより自由労働者を安く雇った方が採算が合うようになったから」という経済合理性でした。

欧米において、有色人種も含めた「全世界の全民族が平等であり、むやみに命を奪ってはならない」という常識が、名実ともに国際社会のルールとして定着したのは、第二次世界大戦後(1945年以降)のことです。

ナチス・ドイツが同じ白人に対して行ったホロコースト(大虐殺)への凄まじい反省と、大戦後に日本が蒔いた種が実を結んでアジア・アフリカの植民地が次々と独立したことで、ようやく1948年の「世界人権宣言」へと結実しました。

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結び:歴史の先駆者としての日本

こうしてタイムラインを並べてみると、一目瞭然です。

  • 日本: 17世紀末(生類憐みの令)に、国内のすべての命(弱者・動物まで)を慈しむ法を定着させた。

  • 欧米: 17世紀半ば(ウェストファリア)には身内だけで殺し合い、20世紀初頭(ウィルソン)になっても有色人種を人間扱いの枠外に置き、20世紀後半になってようやく「普遍的な生命尊重」にたどり着いた。

「日本は遅れた野蛮な国で、欧米は進んだ人道的な社会だ」というステレオタイプが、いかに歪められたものであるか。私たちが「悪法」と教えられてきた歴史の裏側には、世界に誇るべき日本の「高い精神性と先進性」が隠されているのです。

文末参考文献

  • 塚本学 『生類憐みをあわれむ ―徳川綱吉の時代』 (平凡社ライブラリー)

  • 倉山満 『ウッドロー・ウィルソン 全世界を不幸にした大悪魔』 (PHP新書)

  • エリック・ウィリアムズ(著)、中山毅(訳) 『資本主義と奴隷制』 (ちくま学芸文庫)

  • 菊池良生 『戦うハプスブルク家―近代の序曲としての三十年戦争』 (講談社現代新書)

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