大多数の日本人が誤解している「苗字」の歴史|江戸時代の庶民もみんな苗字を持っていた?

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日本人が毎日使っている「名字(苗字)」。実は、現代の大多数の日本人が信じ込んでいる「明治になるまで一般庶民には苗字がなかった」というのは、歴史学的に完全な誤解であることをご存知でしょうか?

さらに言えば、私たちが普段ごっちゃに使っている「氏(うじ)」「姓(かばね)」「名字(みょうじ)」は、歴史的にはまったく異なる起源と役割を持っていました。

今回は、知っているようで知らない「日本のラストネーム」の本当の歴史と、明治政府がやらかした大いなるバグについて、スッキリ解説します!

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1. 大多数の人が誤解している「明治以前は苗字がなかった」の嘘

学校の教科書などで「明治8年に苗字必称義務令が出て、平民も慌てて苗字を作った」と習った記憶はありませんか?

実はこれ、現代の歴史学では明確に否定されている大俗説です。

江戸時代の農民や町人も、ほぼ全員が先祖代々の「苗字」をしっかり持っていました。 お寺の過去帳や、村の内部の非公式な名簿(富士講の名簿など)を調べると、百姓たちが当たり前のように自分の苗字を書き記していたことが分かっています。

では、なぜ「苗字がなかった」という誤解が生まれたのでしょうか?

幕府が制限したのは「名乗ること(公称)」だけ

江戸幕府が禁止していたのは、「苗字を持っていないこと」ではなく、「お上の前(役所への提出書類や、武士と対面する公式な席)で苗字を名乗ること」でした。これを「内証(ないしょう)の苗字(隠し姓)」と呼びます。

明治になって「新しく作った」人々の正体

では、明治になって新しく苗字を作ったと言われるのはどういう人たちだったのでしょう?主な理由は以下の通りです。

  1. 完全に忘れてしまった人たち: 江戸時代の250年間、公の場で名乗ることを厳しく制限されていたため、何世代もの間に「うちの先祖の本来の苗字が何だったか」を忘れてしまった下層平民が(特に西日本で)続出しました。

  2. 屋号をアレンジした人たち: 都市部の商人は家系よりも「越後屋」などの屋号を重視していたため、明治政府の命令の際に「高田屋→高田」のように新調しました。

  3. 政府を警戒した人たち: 当初、「苗字を登録したら余計に税金を取られるのでは?」と警戒した庶民が届け出を放置し、義務化されてから慌ててお寺の住職や庄屋に駆け込んで適当につけてもらったという逸話が残っています。

つまり、平民に苗字がなかったのではなく、「使うのを制限されているうちに忘れちゃったから新調した」というのが歴史のリアルなのです。

2. 「氏」「姓」「名字」の決定的な違い

では、歴史的にこの3つはどう違っていたのでしょうか?日本の統治構造の歴史とともに振り返ると、その役割は一目瞭然です。

① 氏(うじ / シ)=血縁による「グループ名」

飛鳥・奈良時代以前の古代日本において、天皇から与えられた「大元をたどれば同じ血筋である」という一族のグループ名(氏族名)です。 のちに天皇の皇子たちが臣下に降る(臣籍降下)際に与えられた「源(みなもと)」「平(たいら)」「藤原(ふじわら)」「橘(たちばな)」の四つの氏(源平藤橘)が有名です。

  • ※名乗り方:氏を名乗る時は後ろに「の」を挟むルールでした。(例:源頼朝、平清盛)

② 姓(かばね / セイ)=天皇がくれた「身分ランク」

その氏(グループ)が「天皇の朝廷において、どれくらい偉い地位にあるか」を示す称号(爵位のようなもの)です。 天武天皇が定めた「八色の姓(やくさのかばね)」によって整理され、最高ランクの「朝臣(あそん)」などは、公式文書で貴族がドヤ顔をするための肩書でした。

  • ※織田信長の公的な本名は「平(氏)朝臣(姓)の信長」となります。実は古代の初期には、地方の一般住民にまでその土地に応じた「姓(かばね)」が戸籍に登録されていました。

③ 名字(みょうじ)=武士の「土地への所有欲」から誕生

平安時代末期から鎌倉時代、源氏や平氏が増えすぎて「誰が誰だか分からない!」というインフレ状態が起きました。 そこで武士たちは、自分が命がけで開墾し、支配している「領地の地名」を名乗るようになりました。これが「名字」のルーツです。(例:足利の土地を領有した源さん=足利源氏)。 名字は「氏」と違って自称なので、分家して別の土地に移れば簡単に変えることができました。これがのちに一般庶民にも広がっていくことになります。

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3. まとめ:明治政府の「ごちゃまぜ」が生んだ現代の姓名

江戸時代まで、武士たちは公式文書には「氏・姓」を書き、プライベートや日常の政務では「名字」を使うという高度な使い分けをしていました。

しかし明治31年(1898年)、近代民法を制定する際、政府の役人たちは言葉の歴史的な違いを整理するのが面倒になり、「氏も姓も名字も、これからはすべてひっくるめて『氏(うじ)』(=現在の名字)と呼ぶことにします!」と一括処理してしまったのです。

私たちが何気なく「お名前の『姓(せい)』をご記入ください」と書類に書いたり、フルネームを「姓名」と呼んだりするのは、平安時代に実質消滅したはずの「かばね(姓)」という言葉が、明治のドタバタ法律と中国由来の熟語の形(レトリック)のまま、中身を失ってゾンビのように生き残ってしまった結果なのです。

私たちは「名字」を生きている

厳密な歴史に則るならば、現代の日本人が行っているのは夫婦同姓ではなく「夫婦同名字」。自分たちが守るべき「家(拠点・土地)」の名前を同じにしているのです。

もし自分の家系のルーツや「氏」が判らなくても、気にする必要はまったくありません。男系という一本の細い糸ではなく、母方も含めた「双系」で何十代もさかのぼれば、すべての日本人は遺伝子レベルで網の目のように繋がり、大元である皇室や古代の名門氏族へと行き着きます。

「氏は判らなくとも、さかのぼればみんな地続きの親戚」。そんな歴史のリアルを感じながら、自分の名字を見つめ直してみてはいかがでしょうか?

「参考書籍」

本記事の執筆にあたり、日本の氏姓制度や戸籍の歴史、および庶民の苗字の実態について、以下の文献・研究を参考にいたしました。

さらに深く知りたい方は、ぜひこれらの名著を手に取ってみてください。

  • 洞 富雄『庶民の苗字』**(文献出版) …「江戸時代の平民には苗字がなかった」という大俗説を、膨大な地方の一次史料(過去帳や宗門改帳など)から覆した金字塔的な名著です。
  • 網野 善彦『日本社会の歴史』**(岩波新書) …中世の荘園制度のリアルや、武士・百姓の発生プロセスの見方を根本から変えてくれる日本史の必読書です。
  • 大藤 修『日本人の姓・名字・名前:人名に刻まれた歴史』**(吉川弘文館) …古代の「氏・姓」から中世の「名字」、そして明治の戸籍編成にいたるまでの人名の変遷を、実証的かつ分かりやすく網羅した決定版です。
  • 遠藤 慶太『平安朝の補任と政務』**(吉川弘文館) …平安時代における氏姓の形骸化や、朝廷の官職・身分秩序の運用実態を理解するための優れた学術書です。
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