私たちが「最先端」と呼ぶ多様性は、江戸時代の日常だった~歴史から消された日本の寛容さ~

近年、ビジネスでも社会活動でも「DEI(多様性・公平性・包括性)」や「LGBTQ+の権利」という言葉を耳にしない日はありません。
これらの議論の中で、よく語られるのが「欧米は進んでいるけれど、日本は遅れている。だから欧米の基準に追いつかなければならない」という、いわゆる「進歩史観」です。現代の運動を推進する人々も、「自分たちは最も洗練された、最先端の思想を実践している」という自負を持っていることが少なくありません。
しかし、歴史の教科書を少しめくり、明治維新より前の日本に目を向けてみると、非常に皮肉で、知的な衝撃を受ける事実に突き当たります。
私たちが今「最先端のアップデート」だと思っているその景色は、実は日本人が「明治維新のときに、わざわざ捨て去った過去の日常」に過ぎないかもしれないのです。
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1. かつての日本に存在した「当たり前のグラデーション」
江戸時代以前の日本には、男性同士の恋愛や絆を指す「男色(なんしょく)」や「若衆道(わかしゅどう)」という文化が公然と存在していました。
これは社会の片隅に隠されていた「アングラな趣味」などではありません。 織田信長や武田信玄といった戦国武将たちの間では、命を懸けて主君に仕える「最も強固な信頼関係」の証として、社会的に高く評価されていました。
文化の面でも同様です。江戸時代の超人気作家・井原西鶴は、男性同士の恋愛模様を描いたオムニバス小説『男色大鑑』を出版し、これが当時のベストセラーとなりました。現代で言えば、誰もが知る大衆小説家がBL(ボーイズラブ)小説を堂々と出版し、それが一般の書店で爆発的に売れていたようなものです。
さらに、ジェンダーの境界線も驚くほど流動的でした。 歌舞伎の「女形(おんながた)」は、舞台の上だけでなく、私生活でも女性の装いで暮らし、それが江戸の街で「粋(いき)な最先端ファッション」として熱狂的に受け入れられていました。
当時の日本にあったのは、同性愛を「異常」か「正常」かで二分する冷徹な視線ではなく、「それもまた、人間の持つ情愛のグラデーションの一つ」という、極めてマイルドで緩やかな寛容さだったのです。
2. 世界史に見る「日本の異常なフェーズ」
ここで重要なのは、「当時の欧米(キリスト教圏)はどうだったのか?」という対比です。
同じ17〜19世紀のヨーロッパやアメリカにおいて、同性間の性行為は「神に対する大罪(ソドミー罪)」であり、見つかれば死刑や終身刑、あるいは過酷な強制労働が科される重大な犯罪でした。宗教的なタブーとして、その存在自体が「絶対に許されない悪」だったのです。
世界史を俯瞰したとき、歴史的に苛烈なセクシャリティの迫害を行ってきたのは、むしろ西洋の側でした。日本には、彼らのような「宗教的な禁止令」が最初から存在しなかったため、お互いの領域を侵さない限り、ごく自然に共存できていたのです。
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3. 明治維新という「不寛容の逆輸入」
では、なぜ現代の日本は「遅れた国」と言われるほど、セクシャリティに対して不寛容になってしまったのでしょうか?
原因は、日本の伝統のせいではありません。原因は「明治維新による西洋化の副作用」です。
明治新政府は、欧米列強と対等に渡り合い、不平等条約を改正することに必死でした。その際、彼らが最も恐れたのが、「欧米から『男色という野蛮な風習が残っている遅れた国だ』と見なされること」でした。
国を「近代的(=西洋風)」に見せるため、政府はそれまで日本に息づいていた大らかな性愛文化を徹底的に隠蔽し、弾圧し始めます。 1873年(明治6年)には、フランスの刑法を模範にして、日本史上初めて同性間の性行為を禁じる法律(鶏姦罪)まで制定しました。
つまり、現代の日本社会に残るセクシャルマイノリティへの偏見や抑圧の多くは、日本古来の文化ではなく、「明治期に、先進国の仲間入りをするために無理をして逆輸入した、当時の西洋基準のバグ」だったわけです。
4. 欧米型DEIの危うさ:それは多様性か、それとも「正義の押し付け」か
そして今、私たちは大きなパラドックスに直面しています。明治期に西洋の「不寛容」を輸入して失敗した日本が、今度は西洋から届いた「DEI(多様性)」というパッケージを、再び鵜呑みにしようとしている点です。
現在、欧米(特にアメリカ)から発信されるDEIの潮流は、本来の「多様性の尊重」とは程遠いものになりつつあります。 そこにあるのは、「自分たちが定義した『正義(ポリコレ)』を絶対の基準とし、そこから1ミリでも外れる者、異論を唱える者を容赦なく叩き潰す」という、一神教的な独善性と二項対立です。考え方の多様性を認めず、「味方か敵か」で社会を分断するその姿勢は、形を変えた新たな全体主義に他なりません。
もし私たちが、この欧米流のギスギスしたドグマ(教条)をそのまま日本社会に持ち込めば、どうなるでしょうか。 それは、かつて明治政府が「これが世界のスタンダード(先進性)だ」と盲信して鶏姦罪を導入し、日本固有の大らかな寛容さを破壊したあの歴史的過ちを、全く同じ構造で繰り返すことになります。
「進んだ西洋」という幻影に怯え、自国の文化を否定し、外来の「正義」に社会を最適化させようとする――この思考停止のコンプレックスこそが、日本の多様性を最も阻害している要因なのです。
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5. 結び:DEIを「欧米の真似」ではなく「日本への回帰」とすべし
現代のLGBTQ+運動やDEIの議論は、アメリカ発の「権利」や「告発」のフレームワークで語られがちです。そのため、どこか借り物の言葉のようなトゲや、息苦しさが伴います。
しかし、歴史のファクトが教えてくれるのは、全く別のストーリーです。
私たちが目指すべき真に豊かな社会とは、海の向こうから新しく持ってくるべき「過激な思想」ではありません。かつてこの国の土壌に息づいていた、「白黒ハッキリつけず、他人の領域を侵さない限り、それぞれの生き方をグラデーションのまま置いておく」という、日本本来のしなやかな知恵を思い出すプロセスです。
欧米の「正義の押し付け」に振り回されて背伸びをするのをやめ、もともと私たちが持っていた「大らかなDNAへの回帰」として捉え直す。 それだけで、現代のギスギスした対立は、もっと温かく、日本独自の説得力を持った「本当の多様性」へと変わっていくのではないでしょうか。

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