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なぜ日本人は「人権」に違和感を覚えるのか?

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〜西洋の「所有権奪還」の歴史と、置き去りにされた有色人種の21世紀〜

現代日本において、「人権」や「権利」という言葉は、空気のように当たり前の存在として語られます。しかし同時に、その言葉を日常で口にしたり、強く主張したりすることに対し、どこか「よそよそしさ」や「我を張る」、「場の調和を乱す」といった、ネガティブなニュアンスを感じる人が少なくないのも事実ではないでしょうか。

なぜ、私たちは「人権」という普遍的に正しいとされる概念に、これほどの違和感を覚えてしまうのか?

それは、私たちが無知だからでも、遅れているからでもありません。その理由は、西洋で生まれた「人権」という概念が、実は「人間が誰かの所有物であった歴史からの、血なまぐさい脱出劇」として鍛え上げられたものであるという、その「出自」にあります。

本記事では、「人権」の本来の歴史的意味を紐解き、その概念が必然的に内包していた「有色人種への差別構造」、そしてそれが21世紀の現代にいかに暗影を落としているかを、冷徹に分析します。

1. 西洋の「人権」=「白人男性による、王からの身体所有権奪還」

西洋史における「人権(Rights)」の歩みは、文字通り「人間がいかにして、他者の所有物(slave / chattel)である状態から、自分自身の身体と自由を奪い返すか」という闘争史でした。

① 「人身所有」が前提だった社会

中世から近世にかけてのヨーロッパでは、農奴制や奴隷制が社会の基盤でした。庶民(農民や下層民)は、文字通り領主や王の「財産(所有物)」であり、移動の自由も職業の自由もなく、税と兵力を絞り出すための手段として管理されていました。

② 天敵から身を守る「盾と剣」

こうした絶望的な支配・所有の歴史があったからこそ、西洋における権利概念は、権力者という「天敵」から自分の身体と生命の所有権を守るための、「武装した概念」として進化しました。

17世紀の英国で成立した「人身保護法(ハベアス・コーパス)」は、「王であっても、正当な手続きなく自分(臣民)の身体を拘束・所有することはできない」と宣言するものでした。人間が王の「所有物」から脱出し、「自分の身体の所有権は自分にある(Self-ownership)」と主張することが、西洋型人権の第一歩だったのです。

③ 「普遍」の嘘

しかし、ここで私たちが直面しなければならない冷酷な事実があります。

近代ヨーロッパの思想家たちが「人間は生まれながらに自由で平等である(自然権)」と叫んだとき、彼らが頭の中で思い浮かべていた「普遍的な人間」とは、実質的には「財産(土地・奴隷)を持つ、教養ある白人男性」のみでした。

奴隷制や植民地支配を当然の前提としていた彼らにとって、人権とは「白人男性が、白人男性の王から、自分たちの身体所有権を奪還する」ための論理だったのです。

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2. 【核心】人権の「ブラックホール」〜有色人種という所有物〜

西洋発の人権概念は、その出自が「所有物からの脱出」であったがゆえに、歴史的に必然として「有色人種への差別構造」を内包していました

① 「人間」としてカウントされなかった有色人種

西洋人にとっての人権は、「自分たちを所有していた王・領主」との闘争で勝ち取ったものです。しかし、その闘争の輪の外にいた「有色人種」は、そもそも「人権という概念の適用対象(人間)」としてカウントされていませんでした。

② 歴史的ダブルスタンダード(二重基準)

西洋が「人権」を謳歌し、民主主義を叫んでいたまさにその裏側で、彼らはアフリカ、アジア、アメリカ大陸の有色人種を、文字通り「所有物( slaves)」として植民地支配し、家畜のように搾取し、売買していました。

そこに矛盾はありませんでした。なぜなら、彼らの倫理体系において、「有色人種=人権を守られる側」ではなく、「人権を持つ白人男性が『所有』する側」の存在だったからです。

西洋人にとって、有色人種の人権を認めることは、自分たちの富の基盤である「所有物(奴隷・植民地)」を失うことと同義でした。だからこそ、「普遍的人権」という美しい言葉の陰で、有色人種は長らくその適用対象から置き去りにされ続けてきたのです。

3. 21世紀の現代も続く「所有の呪縛」

「人権」という概念が抱えるこの構造的な欠陥は、長年の公民権運動などを経て表面上は是正されたかのように見えます。

しかし、驚くべきことに、そして冷酷なことに、21世紀になっても世界はなお、この「西洋(白人男性を中心とした所有権奪還」の論理から抜け出せずにいます

① 21世紀の現実に見る「人間の分断」

現代の国際政治や欧米主導の「人権外交」は、今なお、この西洋的な「人間の分断」をダブルスタンダード(二重基準)として再生産しています。

これは、「同じ人間」としての普遍的な共感が、21世紀になってもなお、人種や出自によって明確に分断されている現実を白日の下に晒しました。欧米が掲げる「普遍的人権」とは、いざという時には「自分たちの側の人間(=かつて所有権を奪還した同志)」にのみ適用される、限定的な普遍であることが、残酷な形で証明されたのです。

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4. なぜ日本人は「人権」にピンとこないのか?

こうした歴史的・世界的文脈を踏まえると、私たちが「人権」という言葉に感じる違和感の正体が、鮮明に見えてきます。

① 「原始的な人権」と緩やかな自治

日本人は、西洋ほど徹底され、そして血に洗うような「人身所有」の歴史を経験しませんでした。

古代の特定階級を除けば、日本の庶民(百姓・町人)は「領主の純粋な所有物(動産)」として売買されるような存在ではありませんでした。江戸時代を見ても、武士は農民を「生かさず殺さず」と統治しつつも、民を撫育(ぶいく・育てる)し、社会システム(役割・分)を安定させることを統治理念としていました。

西洋ほど徹底された「所有」と「搾取」がなかったからこそ、日本人には「天敵」としての権力者から、命がけで身体の所有権を奪い返すという原体験が存在しませんでした。

② 「対立」ではなく「お互い様の自治」

ため、日本人にとって「権利」とは、対立する権力者から「盾と剣」を持って奪い取るものではなく、お互いの「分(ふん・役割や居場所)」を守り、場の空気や相互の気配り(お互い様)の中で、「調和して暮らすこと」を意味していました。

明治時代に福沢諭吉らが「Rights」を「権利」と翻訳した際、多くの日本人が戸惑いました。それは、西洋独自の「対立と所有からの脱出」を前提とした「Rights」という概念が、日本人が培ってきた「相対的共存と調和」の精神性には、どうしてもピンとこない「バタ臭い(よそよそしい)」ものだったからなのです。

江戸時代において、武士という特権階級になっても贅沢ができるわけでもなく、むしろ庶民の方が自由を謳歌できたという事実も存在します。

結び:21世紀の今、必要なのは「所有」の完全なる終焉

私たちが「人権」にピンとこないのは、良くも悪くも、西洋のような「徹底された人身所有と、それを血で洗う闘争で覆した」という惨劇を通らずに済んだ歴史的幸運の結果(良くも悪くも、原始的な自治 society を持っていたこと)に由来します。

しかし同時に、私たちは西洋発の「人権」概念が、文字通り有色人種を「所有物」として置き去りにすることで成り立っていた冷酷な差別構造と、それが現代も続いているという事実から目を背けてはなりません。

21世紀の今、必要なのは、西洋的な「対立と契約に基づく限定的な権利」を盲目的に崇めることではありません。日本が歴史的に培ってきた「共存と調和」の精神と、西洋発の概念が抱える欺瞞(普遍の嘘)を冷徹に見つめ直し、人種や出自に関わらず、すべての生命を「所有」の対象としない、真に普遍的な新しい地平を模索することではないでしょうか。

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参考文献

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